多田満中 翻刻 |
下巻
○清濁は原典のままとした。 ○句読点、鍵括弧は適宜補った。 ○適宜、段落に分けた。 ○人名、地名のうち主なものに関しては、初出の際に( )つきで漢字をあてた。 ○挿絵の解説は【 】で示した。 ○誤字と思われる箇所はママとし、( )で正字を記した。 ○踊り字(「く」の倍角)は(※く)と表した。 |
その後、ちこ一まところにたちいり、御きやうよみ、ねんふつ申、一しゆのうたにかくはかり、 きみかためいのちにかはるのちのよのやみをはてらせ山のはの月 かやうにかき、 「ししやう、とうしゆく、こしのはうへ、かす(※く)のかたみのふみまいらせたくは候へとも、これさへかなふへからす」 と、たゝふみ一つうに、いつはりかうそかゝれける。 「さて(※く)、このたひまかりくたる事は、へちのしさいならす。 そのゆへは、主君ひちよこせん、まんちうのきよいにそむかせ給ひ、しゝん御てにかけさせたまひて候を、とふらひ申せとて、よひくたして候ほとに、 わかきみの御さいこのてい見るに、心も心ならす、ちゝにもはゝにもしのひ、わかきみの御こつをとり、くひにかけ、高野のみねとやらんへおもひたちて候そや。 みとせかあひたのはるあきををくりむかへ、かならすまいり、御めにかゝり候へし。ししやう、とうしゆく、こしのはうへ。かうしゆ丸」 とかきとゝめ、ひんのかみをすこしぬいて、ふみのおくにまきこめてこそをかれけれ。わか文なから、一しほになこりのおしさかきりなし。
一まところをたちいて、ちゝの御まへにまいり、
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おりふし、ひちよこせんは、ものこしちかく御さありしか、かうしゆかさいこのよしをきこしめし、あひのしやうしをさつとあけ、たち出させたまひて、 「なにと申そ、ふうふのもの。かうしゆかくひをうつほとならは、何とてひちよかくひをはうたぬそ。かうしゆをきらせ、 我、うきよになからへ、たれにおもてをあはすへき。」 と、おもひきらせたまふ御いろをみて、いそきふうふのものまいり、御まほりかたなをむはいとり、 「けふよりして、ふようの御心中をとゝめさせ給ひ、かくもむよきにめされ、かうしゆかほたいをねんころにとふらひて御とらせ候へ。はや(※く)御しのひ候へ。」 とて、人めをつゝむ事なれは、よはにまきれてたゝのさとを出、みやこにつき、こゝは人めもしけしとて、天たいさんのしもやま、十せんしの御まへに御とも申、 「このしんりよの御はからひとして、此山のいかならんするせきかくの人にも御つき有て、かくもんよきにめされ候へ。 いかにわかきみ、きこしめせ。それ、てんちくに、しゝと申は、けたものゝ中のわうなり。かのしゝ、としに三つつゝの子をうむ。 うまれて三日と申に、まんちやうのかんせきをおとしてみるに、そんせすやふれさるを子とし、むなしくなるはそのまゝなり。 かゝるけたものまても、子をはためすならひの候。まんちうの、わかきみさまを御かんたう候をうらみとはしおほしめされ候な。 らいせにては、かならすけちえんすへきたうりの候。いとま申て、わかきみ。」 ひちよこせんはきこしめし、 「や、はやかへるか、なかみつよ。うきよはくるまのわのことく、いのちのうちにいま一度めくりあふへきよしもかな。なこりおしや。」 との給ひて、はる(※く)見をくりたゝすみたまへは、ゆく道さらにみもわかす。たま(※く)事とふ物とては、 みねにさわたるさるのこゑも、わか身のうへとあはれなり。ふりかへりふりかへり見をくりて、あとに心はとゝまりて、たゝのさとにそくたりける。
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さてもわかきみは、十せんし(十禅師)の御まへに、まことにとうさいをもわきまへさせたまはす、
たれにつきかくもんし、何となり給ふへき御かくこもなく、たゝはう(※く)として御さありしか、
まことに十せんしの御ひきあはせかとおほしくて、山よりもゑしんのさうつ(恵心の僧都)さんしやまし(※く)けるか、わかきみを御らんして、 「あら、いつくしの少人や。とうさんにては、未見まいらせたりともおほえす。くにはいつく、御さとはいかやうなる人にてましますそ。」 とたつねたまへは、ひちよこせんはきこしめし、 「さん候。是は、ようせうよりもおやにをくれ、いやしきひとり身にて候。」 とおほせけれは、そうつきこしめされて、 「それは、いかやうの人にても御さあれかし。それ(※く)、御とも申せ。」 とて、とうしゆくたちにてをひかせ、わかはうにをきたてまつりて、とし月つもりけれは、 けいせつのまとのまへにひちをくたき、てんたいしくわんのもんに、こゝろをてらし、 さんかうのしつないには、ゑんとんしつさうのくわむねんにそこをきはめ、御とし十九と申とき、 しやうほうねんしゆきやうをよみ給ひしか、かたはらにうちむき、さめ(※く)となきたまふ。
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されは、しくわんのまとのまへには、いちしつちうたうの月をすまし、又、にんにくのころものそてには、
四まんさうあふのはなをつゝみ、つゐにてんたいゑんしうのわうさうをきはめ給ひて、御とし二十五と申に、ししやうゑしんの御ともして、たゝのさとにそくたられける。 むかしのはいしん(買臣)は、にしきのはかまをきてこそ、こきやうの人に見えぬるとうけたまはりて候か、 いまのひちよこせんは、にしきにまさるすみそめのころもをめされて、ふるさとにかへり給ひけり。 まつ、なかみつかところへ御出有て、ひそかにあんないとおほせけれは、なかみつ、いそきまかり出、 わかきみの御すかたをつく(※く)と見まいらせ、あまりの事のうれしさに、しはしは物を申さす。やゝありて、なかつかさ、なかるゝなみたををしととめ、 「あら、めてたのわかきみの御すかたや候。これにつけても、かうしゆか事をこそおもひいたされて候へ。 かねてより、まんちうも、御ほつたいの御すかたを御のそみにて御さ候あひた、さためて御たいめん有へし。やかてまいりて申さん。」 とて、まんちうの御まへにまいり、わかきみの御事をは、なにとも申いたさすし、 「このほくれいにきこえさせたまふゑしんのそうつ、御たいめんのそのために、たゝいま御らいりん。」 と申。まんちうきこしめされて、 「なにと申そ。ゑしんのそうつ、これまての御出とや。あら、おもひよらす。それ(※く)、こなたへ申せ。」 とて、そうつをしやうしたてまつり、まんちうやかて御たいめん有て、 「しよたいめんに、かやうの事をたつね申せは、はゝかりおほく候へとも、われらこときの大あくきやうのそくは、いかにとしてこしやうをたすかり、 こくらくにわうしやうすへく候や。」 とたつねたまへは、そうつきこしめされて、 「それ、ほつけのめいもんに、『たいつうちせうふつ、しつこうさたうしやう、ふつほうふけんせん、ふとくしやうふつとう』と、とかれたり。 ほとけもいまたしゆつせしたまはさるときは、しやうふつもなく、とかもなし。一ねんみしやういせんには、むしやうむしにして、しやうふつのちきたうにあらす、 人のをしへによらす、たゝわれとおほしめすへきなり。それ、いちけもんほうのくとくは、九ていこうのせんこんたり。 をよそ、たしやうくわうりん有へし。もつとも、ふつたうのたよりあり。 ことさらゆみやをとりたまふとも、かつせんのみちまても、これをおほしめしいたさは、一ねんしやうかいのみなもとにたちかへりて、しゆさいはさうろのことし。 きえてそくしんしやうふつたるへしと、けんしうといふものに見えて候。」 とのへたまへは、まんちう、きゑつのまゆをひらき、 「さては、ゆみやをとり候とも、一しんのむけやうによつて、こくらくにわうしやうすへく候ひけり。」 とて、御よろこひは、かきりなし。
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ゑんかく、ひとりとゝまつて、七日御きやうをあそはす。まんちう御らんして、 「さもあれ、きはうはいかやうの人にましますそ。それかしも、御としほとの子をもつて候ひしか、 かくもんもせす、ふように候ひしによつて、さふらひに申つけ、くひをうつて候か、いまさらこうくわいつかまつれとも、そのしるしも候はす。 これに候女は、その子かはゝにて候か、わかれをかなしみ、御らんせられ候ことく、りやうかんをなきつふして候。 なにとやらん、御すかたを見たてまつれは、その子にすこしにせさせたまひて候事よ。いかにみたい、きこしめせ。このほと御きやうあそはされ候御そうこそ、有しひちよにすこしにさせたまひて候。」 とおほせけれは、みたいきこしめされて、 「あら、なつかしやさふらふ。いまよりのちは、さしたる御ようさふらはすとも、つねはたちよらせたまひ、御きやうあそはし、みつからなくさめてたまはりさふらへ。」 ゑんかくきこしめされて、 「扨は、我ふようによつて、はゝのまうもくとならせ給ふ事よ。さこそふつしんさんほうも、われをにくしとおほすらん。さいしやうのほとこそくちおしけれ。」 と、ほつとていさ(ママ、「き」の誤りか。)うしたまひて、きねん申されける事こそ、しゆせうなれ。
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まんちうふうふ、手をあはせ、 「まことのいきほとけにて御さありけり。」 とて、くきやうらいはいしたまへは、ゑんかくさをさつて、をそれをなす。まんちう御らんして、 「あら、かたしけなや。なにとて御さをさらせ給ふそ。」 「さむ候。しやくそん、御せつほうのみきん、ちゝしやうほん大わう(浄飯大王)の御ちやうもんに出させ給ふ時は、 ほとけたにも、れんけさをさりたまふに、ましてやわれらはいやしきそう。いかてかをそれをなささらん。」 まんちうきこしめされて、 「あら、おろかのおほせや。それはおやこのれいき、是はいしやうたもんの事。何かはくるしう候へき。」
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をよそ九まん八せんちやうの御りやうをふたつにわけ、ふちはらのなかつかさなかみつにあてをこなはせ給ふ。
又、かうしゆ丸かほたいをとはんため、せうとうし(小童寺)といふてらをたて、ほんそむには、ちこもんしゆ(稚児文殊)をつくりて、しゝにのせ給ふ。
それ、ほつけといつは、みたゑしやうほうまんとくのくらゐ、三せのしよふつしゆつせほんくわいは、しゆしやうしやうふつのちきたうなり。
きやうにあらはすときは、めうほうれんけの五しにつゝめ、なにとくときは、なむあみたふつの六しにせつする也。
あるひは、五こうしゆいのゆいしのきやうを六しのなにつゝめ、十こうしやうかくのくわとく、一ねんしやうねんしゆしやうにほとこすと見えたり。 まんちうの御こゝろ、のりのためにくはたて、さいしやうみ(ママ、「の」の誤りか。)なかれをくみ、 ほたいのみちあきらかに、しゝそん(※く)もはんしやうし、てんかをたもち給ふ事、せんしうはんせいのみなもとをあらはしたまふ物なり。 はた又、かやうにきををもんし、命をかろくし、名をのちのよにのこしをく、かうしゆ丸か心中、しやうこもいまも末代も、これやためしなかるらん。人々申あひにけり。 - 完 - |